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福岡地方裁判所久留米支部 昭和50年(ワ)148号 判決

原告 株式会社西日本設計センター

右代表者代表取締役 田中久一

右訴訟代理人弁護士 出雲敏夫

右同 藤井克巳

被告 有限会社平野企業

右代表者代表取締役 平野ミサ子

右訴訟代理人弁護士 矢野博邦

主文

被告は原告に対し金二二〇万円とこれに対する昭和四九年一月二九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  被告会社は原告会社に対し、昭和四八年七月二一日、熊本市島崎町宮内五一六番地の三に鉄筋コンクリート造り五階建アパートの平野マンションを建築する工事の設計および監理(すなわち監督、管理)をすることを委託し、右設計監理の報酬三三〇万円を、(1)契約時二〇万円、(2)設計完了時に二二〇万円、(3)監理報酬九〇万円を、着工時、三階完成時、竣工時に各三〇万円宛分割して支払うことを約定した。

(二)  原告は昭和四九年一月二八日右設計を完了した。

(三)  そこで、原告は被告に対し、設計完了時に支払うべき前記設計代金二二〇万円とこれに対する設計完了の翌日たる昭和四九年一月二九日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)のうち、被告が原告に対し昭和四八年七月二一日、契約時に設計代金二〇万円を支払うことを約束したことは否認するが、その他の事実は認める。右二〇万円は被告が原告に対し貸与することを約束したにすぎない。

(二)  同(二)の事実は知らない。

三  抗弁

(一)  合意解約

被告会社は原告会社代理人たる同会社専務取締役下河義幸との間で昭和四八年一二月初頃本件契約を合意解約した。

(二)  錯誤

もともと本件契約は原告と訴外白石智との間で結ばれ、白石が設計監理料内金五〇万円を支払っていたところ、同人において資金の調達が困難となり、建築予定の建物の敷地を被告に売却したところから、原告会社代理人たる同会社専務取締役下河義幸、同会社従業員大淵が被告に白石の建築計画と右設計監理契約の承継を勧め、自己資金二〇〇〇万円を調達すれば、その他は住宅金融公庫融資で建築可能であると説明したので、被告はそれを信じて本件契約を締結した。ところが、その後昭和四八年一二月頃新築のための自己資金八〇〇〇万円を調達しなければ右建築は不可能であることが判明した。従って、被告の本件意思表示は、表示された重要な動機に右に述べた錯誤があり、無効である。

(三)  詐欺

(1) 原告は、前項のように、金二〇〇〇万円の自己資金ではマンション新築は不可能であるのに、本件契約締結に際し金二〇〇〇万円の自己資金を調達すれば右新築が可能であるように被告を申し欺き、その旨被告を誤信させたうえ、本件契約を締結させたものである。

(2) そこで、被告は原告に対し昭和五一年五月四日の本件口頭弁論期日において本件契約における被告の意思表示を取り消す意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁(一)、(二)、および(三)の(1)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一、請求原因(一)のうち、被告が原告に対し昭和四八年七月二一日、契約時に設計代金二〇万円を支払うことを約束したこと以外の事実は当事者間に争いがない(ちなみに、右二〇万円の支払約束をした事実は本訴請求における主要事実にはなっていないけれども、判断を示しておくと、《証拠省略》によれば、右当事者間で契約時に、右二〇万円は住宅金融公庫から被告に対し建築予定の本件建物について融資決定がなされるまでは貸与金とするが、右融資決定がなされたときは本件設計代金二四〇万円の内金の前渡金とする合意がなされ、同年一〇月右融資決定がなされたことを認めることができる。《証拠判断省略》)。

二、《証拠省略》によると、請求原因(二)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三、被告主張の合意解約の抗弁事実は、証人平野年一の証言以外にこれを認めるにたりる証拠がなく、同証言は《証拠省略》と対比して信用することができない。

四、被告主張の錯誤の有無について判断するに、《証拠省略》によると、もともと本件設計監理契約は原告と訴外白石智との間で締結され、白石が右設計監理料内金五〇万円を支払っていたところ、同人において建築資金の調達が困難となったため昭和四八年初頃建築予定の建物の敷地を被告に売り渡したところから、白石智において被告に対しその頃右建築計画と右設計監理契約の承継を勧めて原告を紹介したので同年七月二一日原被告間において本件設計監理契約が締結されるに至ったこと、当時被告の取引銀行に対する預金残高は約二五〇〇万円であったこと、右契約締結の際原告代理人たる原告会社の専務取締役下河義幸は右建物の建築工事予算額はおよそ九五〇〇万円であって、これについては自己資金二〇〇〇万円ないし二五〇〇万円位を調達すればその余は住宅金融公庫からの融資金でまかなえる旨説明したので、被告会社はそれを信じて本件設計監理契約を締結したこと、その後被告の申込みにより被告に対し右公庫から同年一〇月頃七六五〇万円位の融資決定がなされたこと、同年七月二一日当時は右建物建築工事予算額はおよそ九五〇〇万円であったため、被告において自己資金をおよそ二〇〇〇万円位調達すればその余の資金は住宅金融公庫からの融資金でまかなえる状態にあったこと、ところが同年一二月頃始まったいわゆる石油ショックによる物価、殊に建築費の高騰により同年一二月ないし同四九年一月頃には右建物建築費用はおよそ一億二〇〇〇万円ないし一億四〇〇〇万円を要するため自己資金としてはおよそ四五〇〇万円ないし六五〇〇万円を要するに至ったため被告は予期しなかった右経済事情の変動によって余儀なく本件建物の建築を断念するに至ったことを認めることができ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によれば、本件設計監理契約締結当時の経済事情のもとでは被告の意思表示に錯誤はなかったのであって、ただ経済事情の変動について被告の意思表示に錯誤があったにすぎないことが明らかである。

ところで、錯誤の重要性は、錯誤者にとっての利益だけから考慮されるべきではなく、取引の安全の見地からも考慮されるべき事柄であるところ、意思表示に付随する個別的、具体的事情ではなく、一般的事情たる経済的事情の変動による危険は、取引当事者双方が、平等の立場で予見すべき事項として、自らの責任において覚悟すべきものであり、それに関する錯誤は、いかに重要なものであっても、意思表示の効力を否定する理由とすべきものではない。けだし、そうでなければ、公正な自由競争を基調とする契約自由の原則を成立させる経済的、社会的基盤は失われ、取引の安全は著しく害されるからである。

従って、被告の前記錯誤は民法九五条にいわゆる法律行為の要素に関するものではないから、意思表示の無効原因とはならず、被告の錯誤の抗弁は理由がない。

五、抗弁(三)の(2)の事実は原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

しかし、抗弁(三)の(1)の詐欺の主張を認めるにたりる証拠はない。

六、そうすると、被告は原告に対し設計完了時に支払うべき設計代金二二〇万円とこれに対する設計完了の日の翌日たる昭和四九年一月二九日から支払ずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うものといわなければならない。

そこで、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田憲義)

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